リスクという言葉があります。受け売りですが、リスクの語源は、海中の岩だそうです。岩があるかもしれないけど、近道を行けば、他の人よりも速く舟で物を運ぶことが出来るので高く品物が売れます。岩のない遠回りをすれば、他の人よりも時間がかかってしまって既に品物は売れなくなっているかもしれません。どの程度のリスクがあるのかを評価して、リスクをとったほうが良いのか、とらないほうが良いのかを考えるところから近代の科学は進歩してきたといっても良いかもしれません。
実は人間の全ての活動は、リスクとの戦いです。出かけるときに、タクシーを使うか、電車を使うかの判断は、環境条件にも大きく依存しますが、金銭、時間、事故などのリスクを総合的に判断して決めます。時間が無ければ、金銭や事故などのリスクは高いですがタクシーを選ぶでしょう。
近年の技術は、リスクを最小化し、その上で利益を得ることを目的として進歩してきています。人間の作るシステムに、リスクゼロはありえません。自動車であれ、椅子であれ、リスクを可能な限り小さくするとともに、それが受容できるレベル以下に管理し維持することが重要になります。
海中の岩の例でいっても、遠回りすれば絶対に大丈夫かというと、そうではありません。近道よりも、遠回りのリスクが小さいというだけで、ゼロではないのです。逆に、近道をするリスクが受容レベル以下であれば、誰も遠回りをしなくなります。現代であれば、海中ソナーを使うことで、海中の岩で事故を起こすリスクは十分に下げられますので、みな近道をするようになります。ただし、海中ソナーを使ったとしても、リスクはゼロではありません。突然故障するかもしれませんし、鯨がぶつかってくるかもしれません。
原子力発電所などの複雑システムを安全に利用する、つまりリスクを低減する鍵は、3つあります。
1つ目の鍵は設計と管理にあります。飛行機も原子力発電所も、現在の技術では、大きな外乱がなければ、事故を起こすことはほぼ無い状態までに、設計が成熟してきています。何らかの機器の故障や、台風などの自然現象、操縦士のミスなどの外乱があっても、重大な事故に至らないように、バックアップや代替手段が設計に組み込まれています。世界中の原子力発電所で取られている方法で、日本でも十分に満足しています。
第2の鍵は深層防護です。第1の鍵の設計と管理で、リスクを低減しているといっても、それはあくまでも設計や管理の範囲内です。設計を超える外乱が生じたときに、お手上げということでは困りますので、この場合に、どのように対応するかをあらかじめ決めてあります。これをアクシデントマネジメントと呼びます。福島第一原子力発電所でも、例えば、全部の交流電源が使えなくなった場合に、どのように原子炉を冷却するかなどのマニュアルが整備され、運転員は訓練を受けていました。残念ながら、さらに大きな外乱に襲われ、全部の交流電源だけではなく直流電源も使えなくなるという状況になりました。なお、同様に大きな津波に襲われた福島第二原子力発電所は、設計を超える状態に陥りましたが、外乱の規模が相対的に小さかったこともあり、アクシデントマネジメントが功を奏し、安全に停止しています。つまり、福島第二では、深層防護およびアクシデントマネジメントは機能したのです。あらかじめ考えられていた外乱の規模が、福島第一原子力発電所に対しては不十分であったことになります。この深層防護をより充実させ、どのような場合でも対応が出来るようにあらかじめ検討し準備しておくことが重要です。これによって、リスクをさらに低減する事が出来ます。
第3の鍵は「継続的な改善」です。世界中の原子力発電所で経験した様々なトラブルの経験を適切に管理に反映し続けることが安全を担保する上で重要な鍵です。また、新知見を「継続的」に取り入れ、「改善」を続けていくことが、最も重要なリスク低減の鍵です。発電所に働く全ての人が、様々なトラブル事例を勉強し、シミュレータなどで訓練をしていくことも改善の一つのやり方です。「継続的」に行わないといけません。ちょっとサボってしまうと、すぐに劣化していきます。
原子力発電所のリスクを低減するためには、設計と管理、深層防護の充実、継続的改善が重要であることを見てきました。では現在の原子力発電所のリスクは十分に低いのでしょうか?
まず、2011年3月11日の事故発生から2012年5月3日まで、1年以上にわたり、日本国内の原子力発電所は運転を続けていました。なぜ、止めなかったのでしょう? これは、原子力発電所のリスクが、東日本大震災を受けても低く保たれていたためです。津波という大きな外乱により、事故が発生しました。アクシデントマネジメントが不十分であったことが主な要因です。このため、2011年3月31日に、経済産業省は緊急安全対策の徹底を進めるように指示文書を出しています。この対策は、主としてアクシデントマネジメントの欠落している部分を補うために、非常用電源を追加するなどの指示です。つまり、全電源喪失などが大きなリスクの新知見として認識され、それに対する改善策として対策を打ったことになります。 この対策によって、従来見落とされていた大きなリスクに対しては、とりあえずリスク低減がなされました。リスクが十分に小さく抑えることができたと判断され、運転は継続されました。もし、このリスク低減策が不十分であったなら、停止しなくてはなりません。
リスクが低減され、継続運転が続けられていたのですから、定期検査後に再稼動を行うことは法律上問題ありません。ところが、当時の政府によって、ストレステストを行うことが条件として課されました。緊急時対策のリスク低減策が、正しく機能しているかをチェックするとともに、主要な外乱に対してもリスクが低減できているかをチェックするという意味があり、リスクを評価し、改善を行うツールとしての意味があります。残念ながら、本来のストレステストではなく、1次と2次に評価が分けられてしまいました。
なお、1次と2次の関係は、評価項目が2次の方が増えているのですが、1次の方がより難しい試験になっています。例えて言うと、1次評価は理系大学入試問題の英語、数学、理科を解くことに対応し、2次評価は高校入試問題の英語、数学、理科、国語、社会を解くことに対応します。つまり、英語、数学、理科に対しては、1次評価でクリアすれば、2次評価では大抵合格します。ただ、理系大学入試では不要な場合もありますが、国語、社会は重要なので、国語、社会も解く2次評価を実施することが肝要です。
大飯原子力発電所は、この厳しい1次評価が妥当であると判断されていますので、より厳しい外乱に対してもリスクが低減できていると判断されています。つまり、事故前より、格段にリスクが低減できているのです。3月11日以降の原子力発電所継続運転時よりもさらにリスクが低減されていることが確認されており、再稼動をしても大事故に至らない対策がとられていると考えられます。
なお、2次評価の国語、社会を早く解いて欲しいと思っています。また、大学入試と高校入試では、問題自体は高校の方が易しいですが、出題範囲は広いこともあります。是非、さらなるリスクを低減するために、継続的に改善を続けることが重要で、特にアクシデントマネジメントの、よりいっそうの充実を図らねばなりません。立ち止まることが最も危険です。改善を続けること、それも常に歩き続けることによってのみ、リスクは低減できるのです。
| 改善策を実施しリスクが低滅されている |
|---|