原子力発電所は、発電をすることによって、大量の放射性物質を生み出しています。核分裂によってウランが大量の熱を出すとともに、様々な物質に変化します。これらの物質(核分裂生成物と呼びます)のほとんどは不安定です。不安定なので時間が経つと、放射線や熱を出して、別の物質に変わっていきます。最終的に安定な物質に変わるまで、放射線と熱を出し続けながら、変わり続けていきます。これを崩壊と呼びます。
核分裂によるエネルギーとは比べ物にならないほど小さいエネルギーですが、崩壊によって発生する熱(崩壊熱と呼びます)は原子炉を止めた後、つまり核分裂を止めた後も、長期間継続します。
核分裂によって出来た核分裂生成物は、物質によって不安定度が違うのですが、ほとんどの物質は、あっという間にどんどん別の物質に変わっていってしまいます。しかし、中には、8日とか30年とか、ゆっくりと時間をかけて変わっていく物質もあります。このため、長期にわたって、発熱するとともに放射線を出し続けていくことになります。通常は、これらの核分裂生成物は燃料ペレットや燃料棒の中に入っていて、厳重に管理されています。放射線は遮へいによって防御することが出来ますが、熱は冷やし続けることが必要になります。
福島第一原子力発電所では、津波によって電気が使えなくなってしまい、結果として、発熱を冷やすことが出来なくなりました。冷やせなくなるとどうなるでしょうか。 燃料棒はジルカロイと呼ばれる合金で作られていますが、高温になると溶けてしまいます。燃料棒の中に閉じ込められていた大量の核分裂生成物は、燃料棒の外に出てきてしまいます。さらに冷やせなければ、燃料まで溶かしてしまいます。つまり、原子炉容器の中には、大量の放射性物質が放出されてしまいました。
何とか冷やそうと、原子炉容器の中に水や海水を入れました。しかし、間に合わずに、原子炉容器も高温になって溶けて穴が開き、さらには、最後の砦であった格納容器も高温になって漏れが発生し、結果として大量の放射性物質を環境中に放出してしまいました。このように、制御が出来なくなって、燃料を溶かしてしまうような事故のことをシビアアクシデントと呼びます。
発電用原子炉でシビアアクシデントが最初に発生したのは、1979年のアメリカのスリーマイル島原子力発電所(TMI)です。運転員の判断ミスなどによって、原子炉から水が無くなっていき、崩壊熱を冷やせなくなったために、福島第一と同じように燃料が溶ける事故が起きました。しかし、TMIでは電気があったことと、運転員がミスに気がついて対応をしたため、溶けた燃料は原子炉容器の中にとどめて冷やすことが出来ました。原子炉容器とその外側の格納容器は健全でしたので、放射性物質の環境への放出はほとんどありませんでした。
しかし、燃料が溶けるというシビアアクシデントが実際に発生したことで、シビアアクシデントに関する研究が世界中で進められました。日本でも日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)が中心となって、様々な研究が進みました。どのような事象が起き、どのように発展して、最終的にどのように放射性物質が環境に放出されるのかが分かってきました。
危険と考えられていたのは、溶けた燃料が冷たい水の上に落ちて水蒸気爆発を起こす事象や、燃料棒のジルカロイという合金が酸化して水素が大量に発生して水素爆発を起こす事象、また、高圧の原子炉容器が破損して溶けた燃料が格納容器内に飛び散る事象などです。
様々なシミュレーションプログラムも開発され、これらの事象を回避するために、様々な対策がとられるようになりました。福島第一のシビアアクシデントも、ほとんどの事象は専門家にとっては、よく知られており、ほぼそのシナリオどおりに事象が進展していきました。
世界中で実施されたシビアアクシデントの研究成果をベースとして、1992年に原子力安全委員会はシビアアクシデントを防ぐための対策について報告書をまとめています。日本政府と電力会社は、この報告書に従い様々な対策を行いました。原子炉を水で冷やさねばならないので、例えば消防車のようなものを使って原子炉に水を入れられるようにするとか、格納容器の圧力が高くなり過ぎないように格納容器内の気体を大気に逃がす配管を設置するなどの対策がとられています。
これらの設備を整備する対策だけではなく、シビアアクシデントが起こりそうなとき、また、起こってしまったときに、運転員がどのように対応すれば安全に原子炉を止められるのかをあらかじめ検討し、マニュアルとしてまとめておくことなどが行われました。この対策は2002年には完成し、日本中の原子力発電所ではシビアアクシデントに対する対策がとられました。
福島第二原子力発電所も津波に襲われ、冷却系が喪失するという設計を超える状況に陥りました。しかし、このマニュアルをベースに対応を行ったため、安全に原子炉を止めることができています。福島第二では直流電源が使えたことが大きかったと思われます。あらかじめ準備をしていた対策が功を奏したのです。
しかし、残念ながら、マニュアルには直流電源までなくなることは考慮されていませんでした。福島第一原子力発電所の1号機は、直流電源まで無くなってしまい、つまり、マニュアルを越える状況となりうまく対応が取れませんでした。高速道路を走っているときに、突然窓ガラスが真っ黒になり、さらにブレーキも効かなくなる状態でした。予備のハンドブレーキも動かない状況でした。
なお、あらかじめ消防車による原子炉への注水ができるようにするという対策を10年前にとっていたため、炉心に水を掛けることが出来ました。対策がとってあったことにより、もっと危険な状況を回避できたといえるかもしれません。高速道路のたとえで言うと、あらかじめ積んでいたパラシュートを開いて、車を止めようとしているような状況です。大事故にはなりましたが、パラシュートがあったために、もっと大きな大事故は防げたという感じです。
シビアアクシデントの研究は、福島第一の事故を受けてさらに進むと思います。全世界の研究者が知恵を絞って、二度とシビアアクシデントを起こさない、また起きてしまっても環境に放射性物質を飛散させない、また万一飛散させてしまってもその影響を緩和するための研究を進めています。
9月に北京でシビアアクシデントに関する国際会議が開催されました。著者も主催者の一人として参加しましたが、世界中の研究者が熱心に議論をしています。世界では原子力エネルギーを安全に利用するために、様々な研究開発が進められています。人類の未来のために、より安全な原子力発電を推進することが求められています。
このためには、3つの大きな研究課題があります。一つはシビアアクシデントの事象や影響をより詳細に評価できるように実験や解析を応用した研究を推進することです。次に、これらの研究成果をベースとして、よりリスクを低減するためのハードウエアを整備するとともに、マニュアルを充実し、運転員の教育や訓練を行うことです。3番目は、対策を進める上で重要な指標となるリスクを定量化して示すことです。
地震や津波など不確かさの大きな事象に対するリスクを示すことは簡単ではありませんが、いずれもチャレンジングな研究で、若手の皆さんの奮起を期待しています。
| 制御できず燃料を溶かしてしまう事故 |
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