福島第一原子力発電所の事故では、ベントが手間取っていたことを覚えている方も多いと思います。原子炉が停止した後でも、崩壊熱によって燃料は発熱し続けています。津波によって全ての電源を失い、この崩壊熱を冷やすことが出来なくなり、燃料が溶融してしまいました。溶けた燃料は原子炉容器から外に出てきて、放射性物質を閉じ込める最後の砦である格納容器が高温と高圧の状態になりました。このままでは格納容器が壊れて、放射性物質が大量に放出されてしまうため、格納容器内の気体を大気に逃し、圧力を下げようとしました。これをベントと言います。
このような緊急事態に対応するため、「耐圧ベント」があらかじめ用意されていました。緊急時の高圧に耐える配管と弁を別系統で準備していたのです。しかし、電気がなく弁を開けるのに大変苦労しました。1号機と3号機はなんとか弁を開け、ベントによって圧力を逃すことが出来ましたが、2号機はベントが出来なかったと考えられています。しかし、結果的には3基とも、格納容器が壊れて大量に放射性物質が漏れ出してしまいました。
一方、ヨーロッパにおいても、このような燃料が溶けて格納容器に出てきてしまう事故を想定して、格納容器を守るための特別なベントラインを設けていました。格納容器は放射性物質を閉じ込めるのが役目ですから、圧力を逃すといっても簡単ではありません。放射性物質は閉じ込めたまま、圧力を逃すことが必要になり、フィルタードベントが開発されました。ベントラインの途中に、放射性物質を漉し採る装置を入れて、放射性物質だけを装置の中にとどめてしまおう、つまりフィルターしてしまおうということです。
なお、この装置は、燃料が溶けてしまい格納容器に出てきてしまったという、非常事態にだけ働く装置です。放射性物質が大量に格納容器の中にありますから、フィルタードベントを起動するための弁の周辺も非常に放射線量が高くなっていることが予想されます。そこで、遮へいされた操作室を作り、そこまで、弁のハンドルを延長して持ってきておきます。非常事態であっても、放射線の影響を受けない特別な操作室で、手動でハンドルを回すと弁が開け閉めできることになります。つまり、緊急時に電気がなくてもフィルタードベントを安全に起動できるのです。
ヨーロッパのほとんどの原子力発電所には、このフィルタードベント装置がついていました。国や型式によって、すこしづつ違いますが、思想としては緊急時にも格納容器の圧力を下げて、格納容器を守る、放射性物質を閉じ込めておくということが考えられていました。ただし、単純につけるだけではリスクを増やします。原子力安全全体を俯瞰的に捉えて、リスクを低減することが考えられていました。
ヨーロッパの原子力発電所についていたフィルタードベント装置は、日本の原子力発電所にはついていません。1990年頃に、フィルタードベント装置がヨーロッパで設置されていた頃、日本においても、燃料が溶け出してしまう事故を想定して、様々な対策が考えられていました。
加圧水型炉(PWR)は、格納容器の中に大きな蒸気発生器が入っていることもあり、格納容器の容積が非常に大きくなっています。このため、燃料が溶け出してしまう事故を考えても、あまり温度や圧力が上がりません。フィルタードベントを設置して、空気を外部に逃すよりも、消防車等で水を格納容器の中に入れて冷やすことで、温度も圧力も冷やす対策の方が有効であると考えられていました。この考え方は間違っていませんが、現在、日本のPWRプラントでも、リスクを低減できる可能性があるので、フィルタードベントを設置することを検討し始めています。
福島第一と同じ沸騰水型炉(BWR)においては、格納容器の容積が比較的小さいので、フィルタードベントをつけることも考えられていました。フィルタードベントでは、放射性物質を含んだ空気を水に通すことで放射性物質を除去します。BWRには、サプレッションチャンバーと呼ばれる格納容器の底の部分に、大量の水が用意されています。この水中をくぐらせることで、放射性物質を除去することが出来ます。つまり、サプレッションチャンバーを使えば、フィルタードベントと同じことが出来ます。そこで、サプレッションチャンバーをくぐらせた後で、ベントラインを用いて気体を大気に逃してやれば同じだと考えていたのです。
1992年に出された、原子力安全委員会(当時)の報告書にも、フィルタードベントの設置もしくはサプレッションチャンバーをくぐらせることによる放射性物質の除去のどちらかを実施することと書かれています。日本は後者を選択してしまいました。福島第一ではサプレッションチャンバーによる放射性物質の除去はある程度有効であったと考えられています。しかし弁が開けられなかったために、結果的にはほとんど役に立ちませんでした。
さて、読者の皆さんはもうお気づきですね。このシステムの目的は「放射性物質を除去した格納容器の気体を大気に放出する」ことです。この中の、「放射性物質除去」という要素に着目すれば、フィルタードベントでもサプレッションチャンバーでも同様の効果が得られます。「格納容器の気体を大気に放出する」という要素に着目すれば、フィルタードベントシステムでも、日本で設置されていた「耐圧ベント」でも同じ効果が得られます。2つの要素それぞれに着目すれば、ヨーロッパも日本も同じ効果です。しかし、2つの要素が組み合わさったシステムとして見ると、全く違うことが分かります。緊急事態に、弁が電気で動かせなくなることまでを想定していたヨーロッパと、緊急事態であっても電気で動かせるから大丈夫と考えていた日本と、何が違うか、ここに今回の事故の大きな反省があるのです。いろいろな事故調が事故原因を掘り下げていますが、この問題を考察した報告書はあまりありません。
原子力安全を考える場合には、システムとして捉えて、全体としてリスクを低減できているかを評価する事が必要であることがわかります。ヨーロッパでは全体を俯瞰する考え方が定着しているのに対して、日本では個別の要素をしっかりやればよいと考えていて、全体としてのリスクを逆に高めている場合もあります。ストレステストなどでも、個別の要素にばかり着目するあまり、全体で捉えるとリスクを導入している事例も実はいくつか目に付きます。
今、原子力規制委員会で議論がされている、新しい安全規制や規制の考え方も、実は同じ間違いをしています。個別の要素ごとに議論をしていて、結果的にシステムで見ると、リスクを減らすどころかリスクを増やしている場合もあるのです。フィルタードベント自体も大きな原子力安全システムの一つの要素です。そこだけに着目すると、要素としてのリスクは低減できるかもしれませんが、原子力安全システムとして考えるとリスクを増やしているかもしれません。例えば、PWRへのフィルタードベント設置などは、よっぽど気をつけないとリスクを増やします。総合的に原子力安全を見る、俯瞰的にシステムを評価することが必要なのですが、残念ながら、そうではないようです。新しい安全規制が、今までの安全規制よりも、結果的にリスクを導入するのではないかと危惧しています。
| 放射性物質を漉し採ること |
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