我々が利用している様々なシステムは、一つとして完璧なものはないのです。ボールペンや電気ポット、自転車やインターネット。これらのシステムは、手紙を書いたり、コーヒーを淹れたり、移動手段や情報収集手段であったり、さまざまなメリットをもたらしています。
しかし、使い方を一つ間違えると、または、システムが故障すると、我々に大きなデメリットを与えます。インクが漏れて服がだめになったり、指を火傷したり、ブレーキが利かなくて大けがしたり、いわれのない中傷を受けたりというリスクが常に存在しています。我々はリスクのあることを認識しつつ、また、そのリスクが顕在化しないように、いくつもの安全装置をつけてシステムを利用しています。しかし、事故はなくなりません。
システムの事故をなくし、より安全で完璧に近いシステムにしていくためには、常に改善を続けることが唯一無二の解なのです。失敗を経験して、より安全につながるというのは、その一面を表しています。なお、ここでいう改善は失敗や事故だけではありません。成功事例や良好事例も研究し、システムの改善につなげることが重要です。
ボールペンのような単純なシステムであれば、その安全を確保することはさほど難しくないでしょう。しかし自転車だと、自分ではなかなか修理できずに、自転車屋さんに持ち込む人も多いかと思います。さらに複雑になると、専門家に任せることになります。飛行機やロケットや原子力発電所になると、俯瞰的にシステムを把握して改善につなげることが必要になります。多くの専門家が、それぞれの専門の英知を結集して、より安全なシステムを作り上げようと、日夜改善を続けているからこそ、安全を維持し、向上することができるのです。
完璧なシステムなどないので、ある時に、システムの問題が顕在化して、大きな穴が開き、大事故につながるかもしれません。人間の知識と経験には限界があります。このため、どのようなシステムでも、多かれ少なかれ、穴が開いているのです。この穴は残念ながら目には見えません。
改善とは、安全を確保するために、常に対策を考えている態度のことです。このため、常に改善をしていれば、この見えない穴の一部をふさぐことができているかもしれません。つまり、大きな穴の一部が改善によってふさがれている可能性もありますので、大事故が防げる可能性が高くなります。この見えない大きな穴を、少しでもふさごうとする努力が改善なのです。改善をしなければ、大きな穴は開いたままです。場合によっては穴は時間とともに大きくなるかもしれません。改善をすることで、大きな穴の一部がふさがれる可能性が出てくるのです。
また、改善を続けるという事は、そのシステムを良く知っている専門家、技術者の方が増えていくということを意味しています。人は忘れる生き物ですので、何もしなければどんどん知識や経験は減っていきます。改善を継続的に行うことで、知識や経験を保つことができるのです。人類は、100年前に比べて非常に多くの知識を獲得しています。知識を文章やデータとして活用することで、複雑なシステムも安全に利用することができるようになってきているのです。これは、人類全体として、改善が継続的に行われてきたからにほかなりません。
改善が大きく着目された例には、高度成長時代の自動車産業がよくあげられます。KAIZENとして世界中に紹介されました。より安全で、より効率の良い、より付加価値の高い自動車を、現場を含めた改善活動によって作り上げていきました。改善は、直接、間接的に売上にも結びついており、改善へのインセンティブがはっきりした形で示されていました。
これを学んだのが米国の原子力規制でした。当時の原子力規制は上から押しつけるだけで、改善よりは、マニュアル通りに行うことが推奨されていました。産業界と原子力規制委員会が真摯に議論し、リスクをベースとし、改善を進めることを規制に取り入れたのです。改善を促し、安全のパフォーマンスを上げることで、高い設備利用率つまりは売上に繋がるインセンティブを示す規制です。これは、ROP (俯瞰的原子炉監査プロセス/ Reactor Oversight Process)と呼ばれます。7つの指標を示し、それぞれの指標に対するリスク低減活動を評価して行きます。リスクを低減する、安全を高める改善を促すことが、利益に直結することを示したのです。現在では、ますます改善が進み、米国の原子力プラントはより安全性が高まっています。しかし、それに安住することなく、さらなる安全を求め、規制側、産業界側共に改善を繰り返しています。
日本の規制は残念ながら改善をしようとするよりも、マニュアルをわずかでも逸脱しないことを安全の指標としてしまいました。マニュアル通りに実施することは安全なのでしょうか? 17条しかなかった聖徳太子の時代ではなく、現代の法律は非常に複雑化しています。複雑化していることが、例えば規制のやり方を縛り、安全とはあまり関係のないマニュアルの整備だけを要求していることにも繋がっています。ここに今回の事故の本質があるような気がしています。マニュアル通りの現状維持を望んだことが、事故の根本要因ではないかと思っています。
「改善」がマニュアルの改訂に置き換えられ、改善を行うメリットが全く見えなくなってしいました。マニュアルの改訂には、不必要な労力が大変かかり、また、改訂しても安全とは関係のない仕事が増えるだけで、安全にはほとんど寄与しません。こんな仕組みでは、改善を行う意味が全く見出せなくなり、「改善」をしようとするインセンティブは全く働きません。
改善を行うためには、プラントを良く知らねばなりません。決められたマニュアル通りに進めることの方が、はるかに楽です。なにも考えずに、単に決められた通りに動くだけです。なぜ、そう決められているのかを常に考え、より安全なプラントにするためにマニュアルの改善を進めようとするのは、非常に骨の折れることです。ところが、どちらが安全に繋がるかと問えば、それは火を見るより明らかですね。 Q:改善はどうすればよいのですか? まず、保安規定を含めた、マニュアル至上主義の考え方を、改めるべきでしょう。次に、安全に関与しない、もしくは、ほとんど影響のないものは、規制から外す必要があります。規制は安全の本質に関わる部分を集中的に見る必要があります。例えば、品質保証監査などは、他産業と同様に、外部の専門コンサルタントに任せ、その定期的な報告を受ける仕組みに改善すべきとも思います。
「改善」は、常にリスクという物差しに依らなければなりません。リスク低減に大きく寄与する改善から、優先的に実施していく必要があります。発電所は現場が最も重要です。このため、現場の小さな「気づき」を可能な限り多く収集し、それを分析しスクリーニングする仕組みを作り上げることが必須と考えています。この現場の「気づき」の中からKAIZENにつなげ、より安全なプラントにしていくことが必要です。現場の「改善」を吸い上げる、CAP(是正措置プログラム/ Corrective Action Program)をTwitterやLineなど入力の容易なシステムとつなげて、現場からの改善構築の仕組みを作り上げる必要があると思っています。
ちなみにアメリカではCAPが機能しており、発電所のほとんどの従業員は、CAPへの改善提案を実施し、その数は1基当たり年3000件にものぼります。現場のセーフティーカルチャーを向上していくKAIZENの仕組みを日本でも導入し、さらに改善につなげてほしいと思っています。
| 安全確保のため常に対策を考える態度 |
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