原子力なんでもQ&A(23) 

岡本孝司

エネルギーレビュー 2014年7月号58ページより転載

想定外を想定するとは


 福島第一原子力発電所事故の、最も重要な教訓は、「想定外を想定しておく」ことです。前回のQ&Aにも書きましたが、人間の知恵などは、ほんの数千年の蓄積です。どんなに対策をしたところで、必ず想定外はありえます。想定外をできる限り小さくする努力をすることは必要ですが、それはキリがありません。現在の規制委員会の審査は、「想定外を想定しておく」という福島事故の教訓に対して、大きな間違いをしています。

Q:「想定外」とは何でしょうか

 「想定外」には、想定していた範囲(想定)を超えた(外)ものと、全く思いもつかない(想定していない)ものの2つの意味があります。前者の範囲外に対しては、範囲を広げることである程度対策ができます。それでも、範囲を無限大にすることはできないので、必ず想定範囲の外が残ります。一方、後者の全く思いもつかないものに対しては、同じような対策では当然対応できません。

福島第一原子力発電所事故では、この2種類の想定外が起きています。津波の高さが想定を超えたのは、前者の想定範囲の外側にあたります。一方、原子炉建屋で水素爆発が起きたことや、3号機の水素が4号機に流れ込んで爆発するなどの事象は、事故前は、ほとんど誰も考えていませんでした。後者の全く思いもつかない「想定外」が起きたのです。 原子力規制委員会の現在の審査は主に前者に対してなされています。どこまで厳しい条件を考えたとしても、想定外はなくなりません。ところが、今の審査は、可能な限り厳しくすれば想定外がなくなるという誤った前提に立って、思い付きの事象についての評価を一生懸命しています。一方、後者の想定外は無視されています。どんなに頑張っても、想定外はありえます。今いろいろ考えている対策であっても、もっと簡単な部分を見落としています。事故というのは、思いもよらないところから起きるのです。起きてしまえば、なぜ、そんな簡単な事に気が付かなかったのか?と地団駄を踏みますが、事故とはそんなものです。いくら厳しくしたところで、事故はもっと単純なところから起きるのです。その事故をベースに、今度はその事故が二度と起きないような対策を取ることで人類の技術は発展してきているのです。 では、どうすればよいのでしょうか?

Q:想定範囲の外側の「想定外」に対する対策とは

福島では、津波の高さが「想定」を超えて「想定外」の津波が来たために、電源盤などの電気系統が使えなくなり、大事故に繋がりました。地震などの外乱は、想定を少しくらい超えても全く問題ありません。もともと、想定を超えることを前提として、本当に壊れるまでに大きな余裕を見込んでいるからです。もし、この大きな余裕を超えるような地震が来ると、想定していた大きな余裕を含んだ地震を超えているので、想定外になります。日本は地震国なので、地震に対しては数多くの知見があり、また、毎年のように大きな地震があるので、設計においても大きな安全余裕を取ることが必要になっていたからです。

一方、津波については、研究の進捗が十分ではなく、比較的低い津波を想定していました。地震と同様に、津波の想定を少しくらい超えても、余裕があると勝手に思い込んでいたところもあります。ところが、津波は地震と違い、余裕がほとんどなく、想定を超えると、突然破滅におちいるという性質を持っていました。これは、津波災害の特徴です。地震災害と津波災害は、根本的な特性が違っていることを改めて認識しました。

このような災害ごとの特性を捉えて、適切な安全余裕を取ることが「想定外」を減らす重要な対策です。現在、こちらの想定外に対しては、災害ごとの適切な安全余裕を見直して対策をしています。また、想定を超えることがあり得る(例えば、さらに大きな津波が来る)ことを考えて、その場合でも大事故に繋がらないような対策も取られています。ただ、一部、地震や活断層に対しては、適切ではない極度に大きな安全余裕が非科学的な議論をもとに要求されています。これは、大きな間違いです。羹に懲りて膾を吹くだけでは飽き足らずに、膾を凍らせています。これでは凍傷やけどにかかると思います。

日本原子力学会のシビアアクシデントマネジメント(SAM)標準では、事象ごとに適切な安全余裕を持った「想定」を行う設計を前提とし、この「想定」を超えることを前提とした対策を取ることを要求しています。想定を超えた場合の対策が最も重要です。活断層なども、もし動いた後にどうすればよいのかを考えておくことを要求しています。実は、割れ目も何もない地盤にも突然割れ目ができることもあり得るのです。今の原子力規制委員会は、割れ目がなければ活断層については何も考えなくてよいことになっています。しかし、原子力学会では、そのような場合でも、割れ目が突然動いた場合についても必要に応じて対策を考えておくことを要求しています。

Q:思いもつかない「想定外」に対する対策とは

 福島の最も大きな教訓は、いくらシナリオや状況を想定して対策をしたとしても、思いもつかない「想定外」があり得ることです。人間の知恵は限りがあります。前述した水素爆発は、原子力の研究者であれば起こりうることを知っていました。実際に格納容器を模擬した装置の中で水素爆発の実験もなされていました。起きてしまえば、あまりに当然で、なぜ、格納容器から漏れて格納容器の外で爆発することや、非常放出系を逆流して4号機に流れ込んで爆発することに思い及ばなかったのか、不思議なほどです。しかし、起こる前は、全く思いもよらない事象でした。

思いもよらない原因で大事故が起こることもたびたびあります。例えば、マレーシア航空機の行方不明事件は、未だに原因が全く分かっていません。おそらく、われわれの思いもつかないことが起きていたのでしょう。このような思いもよらない想定外に、100%対処することは不可能です。しかし、100点は取れなくても60点の合格点をとることは可能です。

このような想定外に対して、法律は何も要求していません。一方、原子力学会のSAM標準では、運転員や発電所の緊急対策要員に、専門の教育をすることや、様々な訓練をすることで、経験値を上げておくことを要求しています。単なる緊急対策だけではなく、発電所の隅々まで良く知っておくことが重要で、そのためには発電所の設計建設や、毎日の運転や保守作業の経験を持っていることが重要です。とにかく、発電所の経験値を高めること、特に思いもよらない事故にどう対処するかをブレーンストーミング等で議論しておくことなどを要求しています。発電所の隅々まで知り、また原子炉とはどういうものか、例えば原子炉主任技術者クラスの知識を持った人々が、いかなるときにも発電所に居ることが重要と考えています。

また、知識だけではなく、緊急時のツールとして、例えば消防車や電気車などを用意しておくことも重要です。これは、現場になくても、どこか集中的に管理しておいて、何かあれば、自衛隊に頼んですぐに輸送することなどが考えられます。スイスなどでは、軍隊がすぐに機材を輸送する手はずになっています。

思いもよらない想定外に対処するには、人材や経験といったソフトウエアを充実することが必要なのです。ある意味、事故直後の福島第一原子力発電所職員の皆様の対応は、思いもよらない「想定外」に、知恵と勇気で立ち向かった結果と思います。時の政府が足を引っ張るという「想定外」もありましたが。 日本原子力学会のSAM標準は、「想定外を想定する」という、最も重要な福島の教訓をもとに、ソフトウエアを中心とした対策を充実する事を求めています。間もなく再稼働する発電所も出てくると思いますが、民間規格であるSAM標準を参考に、行き過ぎた規制で危険になっている発電所の安全性を高めてほしいと思っています。

適切な安全余裕を取ることが重要対策

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