凍土壁はうまくいっています。汚染水を分離するための氷の壁が凍らずに困っています。福島第一原子力発電所の汚染水問題は、風評被害の大きな原因になっています。一言で汚染水と言っても、リスクの高い高濃度汚染水から、飲んでもほとんど問題のない程度にリスクの少ない水まで様々です。これらの水のリスクを正しく理解することが重要で、また、似たような言葉を、混同しないようにすることが重要です。凍土壁と氷の壁も、同様に別物です。
凍土壁の背景になる汚染水について改めてまとめます。まず、最も濃度が濃く、リスクの高い汚染水(A)は、溶け落ちた燃料を冷やしている水です。この水は、燃料やその周りの放射性物質を大量に含んだ状態で、原子炉建屋、タービン建屋を経由して、海の近くのトレンチと呼ばれるトンネル内にたまっています。
この汚染水(A)は、SARRYと呼ばれる東芝製フィルターで、セシウムなどを除去し、さらに塩分を除去した形で、タンク内に保管されます。このセシウムと塩分を除去した汚染水(B)は、比較的リスクの小さな水です。ただし、取りきれていないストロンチウムなどが含まれていますので、管理しておく必要があります。
この汚染水(B)をALPSと呼ばれる装置を通し、ストロンチウムなどを化学的に分離することで、ほとんど放射性物質の含まれていない汚染水(C)になります。しかし、この汚染水(C)には、トリチウム(三重水素)が含まれています。トリチウムは水素原子に2つの中性子がくっついたもので、化学的には水素と同様にふるまいます。トリチウムでできた水(T2OやTHO等)は、普通の水(H2O)と全く同じ性質を持つため、化学的に分離することが出来ずに残ることになります。厄介なことに、このトリチウムは12年程度の半減期を持つ放射性物質です。しかし、比較的濃度が低いことと、水と同じなので、万一人間の体内に入ってもすぐに排出されてしまうため、物理的影響のリスクはほとんどありません。
次に、普通の水と同じ水(D)として、汚染されていない雨水や、地下水なども、福島第一原子力発電所内にはあります。汚染されていない水(D)は、全く汚染されていないのですが、気持ちが悪いので、汚染されていると勘違いされることもあります。この勘違いも、風評被害の元になります。このように、高濃度汚染水(A)から汚染されていない水(D)まで、様々なレベルの水を、福島第一原子力発電所では取り扱っています。
高濃度汚染水(A)と中濃度汚染水(B)は処理して、ほとんど汚染されていない水(C)にして保管します。この水(C)であれば、万一タンクが壊れても、環境にも人にも、全く物理的影響を与えないと言っても良いくらい小さなリスクだからです。ただし、物理的にはリスクはなくても、針小棒大にあおることで部数を伸ばそうとする新聞などが、風評被害を作り出すリスクは十分に考えておく必要があります。
一方、厄介なことは、高濃度汚染水(A)が毎日増え続けていることにあります。毎日400トンの地下水が流入し続けているのです。地下水と合わせて、800トンの水を毎日SARRYで処理して、中濃度汚染水(B)を作っています。このうち、400トンは燃料冷却のために使われますが、差し引きの400トンの水が、敷地内にある大きなタンクにためられます。流入している地下水の分だけ、中濃度汚染水(B)が増え続けることになります。大型タンクは1000トンの水がためられますので、2日半で大型タンクがいっぱいになる勘定です。毎月12個の大型タンクを作る必要があるということです。この中濃度汚染水(B)は、ALPSによってほとんどリスクのない水(C)として保管されていくことになりますが、水の総量は全く減りませんので、毎月12個の大型タンクは変わりません。
大型タンクにためる水の量は、流入してきている地下水の量です。つまり、地下水を減らせば、必要なタンクの個数は少なくて済むはずです。この目的のために、主に2つの作業が行われています。1つは、原子炉建屋の上流に井戸を掘って、汚れていない地下水をくみ上げて海に捨ててしまうという作業です。流入するまえに海に捨ててしまえば、流入する地下水の量を減らすことができます。雨が降ったりするので、効果はわかりにくいですが、400トンの流入量が10〜20%程度減ったのではないかと考えられています。なお、汚れていない地下水は、何重にもチェックをして、汚れていないことをしっかり確認したうえで放出しています。これは、風評被害を防ぐことにも役立っています。
2つ目の作業として、原子炉建屋周りを仕切ってしまって、地下水が原子炉建屋に入らないようにしようとする作業です。これがいわゆる凍土壁です。島の周りにぐるっと防波堤を作ってしまって、台風でも島に波がかからないようにしようというアイディアに似ています。ただ、地下水は地面の中にあり、目に見えませんので厄介です。そこで、土を凍らせることで、防波堤にしてしまおうということです。現在、工事は順調に進んでいて、山側の防波堤は予定通りできると予測されています。ちゃんと凍っています。一方、地下水の防波堤は、山側だけでは不十分で、原子炉建屋をぐるっと取り囲む形で作る必要があります。海側は、放射線量が高い場所や、トレンチと呼ばれるトンネルなどがあって、なかなか順調には進んでいません。
特にトレンチは、海のすぐそばまで繋がっています。このため、トレンチの中にある高濃度汚染水(A)を、早く処理しなくてはなりません。大型タンクが壊れても、物理的影響は全く無視できますが、このトレンチの高濃度汚染水が大量に海に漏れると大きなリスクです。事故直後のジャジャ漏れに比べると影響は小さいですが、それでも物理的影響は無視できないことになります。厄介なのは、このトレンチとタービン建屋が繋がっていて、トレンチの汚染水(A)を処理しても、汚染水(A)がタービン建屋から流れ込んできてしまうのです。そこで、トレンチとタービン建屋を分離して、タービン建屋から汚染水(A)が入ってこないようにしてから、トレンチの汚染水(A)を処理しようとしています。
この分離作業に、凍土壁と同様の氷を使おうとしています。汚染水(A)ごと凍らせて分離しようとしたのです。実験室での実験ではうまく凍ったのですが、実際のトレンチは、高さ5mもある大きなトンネルなので、そう簡単には凍りません。10cmの隙間があれば、そこから水は流れてしまいます。さらに、現場は放射線量が高くて作業がしにくいという悪条件下です。氷は熱を伝えにくいという性質も持っています。かまくらを作るのは、外の外気を遮断できるからです。
新聞などで凍らないと言っているのは、凍土壁ではなく、このトレンチとタービン建屋を分離するための氷です。地下水流入防止のための凍土壁は凍っていますが、トレンチとタービン分離のための氷が凍っていないのです。両方とも氷を使いますが、対象と方法、また結果は全く異なりますので、混同しないようにしなくてはなりません。
氷はもろいうえに熱を伝えにくい性質を持っています。土と一緒に凍土とすれば、もろさをカバーして使えると思いますが、個人的には、氷だけでは危険だと思っています。処理のしにくい汚染廃棄物が増える可能性はありますが、セメントや高分子保水剤(おむつ等)を併用して、遠隔ロボット(場合によっては水中ロボット)を使いながら、5mのトンネルを埋めることが必要だと思っています。ただし、トレンチ自体は深さが30mもありますので、簡単な作業ではありません。この高濃度汚染水(A)がなくならないと、凍土壁で原子炉建屋をぐるっと囲うという戦略もうまくいきません。なんとか、分離作業がうまくいくことを期待しています。
| 様々な氷のリスクを正しく理解すること |
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