福島第一原子力発電所の事故は、津波によって電源盤が水没し、原子炉を冷やす手段を失った事が直接的原因です。しかし、様々な事故調査委員会が指摘しているように、規制も事業者も、日本の原子力発電所は安全であると慢心し、改善を止めてしまったことが間接的な要因です。
日本以外の世界では、リスクをベースに改善を考え、常に改善を考え続けています。是正措置プログラム(Corrective Action Program)という仕組を用い、発電所を、どのように安全にしていこうかというポジティブな考え方で改善を続けています。トラブルだけではなく、良好事例を積極的に取り入れ、改善を進めて行こうという姿勢です。
一方、日本では、不適合管理という仕組みで、適合していないものを、どう適合させるかを考えるネガティブな考え方で業務を進めています。発電所のトラブルをどうなくそうかという姿勢です。自ずと現場の姿勢が変わります。どちらが安全かはコメントしませんが、世界でただ日本だけが、ガラパゴス状態にあることも確かです。
先日、中国と台湾の原子力発電所を訪問してきました。中国は毎年5基ずつ新しい発電所が動き出しており、原子力大国への道を突き進んでいます。数多くの技術者が、新しい原子力発電所を作るという強い意気込みで、発電所を建設していました。また、中国は、独自改良したと言っている「華龍1号」や「CAP1400」などの原子力発電所を、世界中に売り込みをかけています。12月に、中国の原子力発電会社のSNPTC(国家核電)とCGN(中国広核集団)の原子力安全研究を担当する部門のトップクラスの方と議論する機会がありました。SNPTCとは東京で、CGNとは広東省珠海市で議論をしました。いずれも、莫大な資金力を背景に、大規模な試験装置を作り、原子力安全を高めるための大きな投資を進めています。福島の事故を教訓として、安全性をより高めるために、米国のウエスチングハウス社や仏国のフランス電力などとも積極的な連携をとり、さらに、自国の大学や研究機関とも強く連携して改善への投資を進めています。日本の旧態依然とした安全研究のあり方に、大きな危惧を抱きました。
一方で、台湾は、6基が90%以上の高い設備利用率で運転を続けていますが、福島の影響を強く受けて、脱原発を掲げる政党が政権をとる勢いです。しかし、台湾の発電所でも、原子力安全に対する姿勢は非常に前向きで、かつ、積極的に改善点を学ぼうという強い姿勢が見られます。事故を起こした日本以上に、より積極的に改善が進められていました。例えば、馬鞍山発電所のそばの恒春鎮に泊りましたが、街のあちこちに、緊急避難場所の看板や、地図が設置されていて、いざというときの対応を日本以上に積極的に進めていました。地元住民だけではなく、観光客なども含めて分かりやすい避難対策がとられています。筆者の地元の東海村と比べても、明らかに台湾の方が進んでいます。
また、発電所では、「断然措置」という名前で、プラントの再稼働はあきらめても、とにかく事故を拡大させないという仕組みを新たに導入し、訓練を含めて確実な対応をとるようになっていました。馬鞍山発電所は13年前に全電源喪失事故を起こしているプラントですが、当時から電源や水源のバックアップは充実していました。例えば、5万トンの水源タンクを裏山の上に2基持っていたり、ガスタービン発電機も裏山に設置時から置いてあります。しかし、福島事故を踏まえて、さらなる改善を進めていました。台湾の原子力安全委員会の主任(委員長)とも面談しましたが、政府の課題は課題として、安全を確保するために常にリスクを考え、改善を繰り返していくという姿勢が強く見られました。
国会や政府など、主な事故調査委員会の報告書が出て3年が経ちました。様々な改善提案がなされていますが、規制をリスクベースとすることが重要であると指摘されています。リスク上重要な課題に規制を集中させるというものです。事業者も、また、リスク上重要なものから優先して改善を進めることが必要です。中国や台湾をはじめ、世界中ではリスクを考慮した改善がどんどん進んでいます。一方で、日本の規制や事業者はどうなっているのでしょうか?
日本人の特性を良く表した表現が、国会事故調の英語版報告書にあります。なぜか日本語版にはありません。事故はMade in Japanであると書かれています。日本の政府や事業者の官僚的組織構造、日本人の見える形にこだわる点や、理性よりも感情を優先する日本人の特性が事故を引き起こしたともいえます。
世界では、リスクを中心に規制が行われています。事業者もリスクを中心に改善を進めています。日本では、文書の解釈を中心に考え、解釈を満足しているかどうかを中心に規制が行われています。この解釈は原子力のリスクで判断するのではなく、文章の解釈を突っ込まれた時に困らないように、とにかく文章通りに行うことを要求します。発電所が少しくらい危険になっても、文章が優先されます。困ったことに、事業者も規制が納得する方法を優先して対策を考えます。規制に納得してもらえないと、再稼働も遅れます。少しくらい安全を犠牲にしても、規制が納得する方法を考えます。つまり、日本は、規制も事業者も安全を考えていないのです。
例えば、古くから使っているAという装置が故障したので、Aの代わりに、同じ機能を持つとともに、もっと信頼性が高まるBという装置に改善したいと考えたとします。ところが、保安規定の下部文章には、Aを使うと書かれています。Bという装置に代えるためには、下部文書を変更し、保安規定の解釈を変更しなくてはなりません。場合によっては保安規定を代えなくてはならないかもしれません。しかし、保安規定の変更には審査などを含めて半年以上の期間がかかります。リスクベースに考えれば、Aと同等以上の性能を持ち信頼性も高まるので、Bを用いることが安全につながります。しかし、保安規定の審査の間、何もできなくなりますので、仕方なく古いAを用いることになります。古いAなので、また故障するかもしれませんが、それは故障した時に考えることになります。
さて、このままでは改善が全く進みません。そこで、とりあえず古いAに代えたのち、AをBに変更するための保安規定などの文書の変更申請を進めます。これには1年くらいの期間がかかりますが、またいつ、古いAが壊れるか心配にもなりますので変更をします。日本では、この手続きを改善と呼びます。不適合管理と呼ばれる手続きの中で、時間はかかりますが本質的な改善を少しずつ進めることになります。
これは、明らかにリスクを高めています。文章の解釈だけの問題なので、本来は保安規定の変更も必要ないものです。しかし、今の規制は、保安規定の下部文書まで、品質保証という枠組みの中で改善を縛っています。品質保証が、改善をさせにくい仕組みを作り上げています。
もんじゅで、保安規定に何も書かれていないカメラの故障について、規制が文句を言っています。これは、保安規定を拡大解釈しているからです。改善を進めようとしても、これでは、全く改善を進められません。間違った保安規定の解釈を止めないと、改善が進められない発電所は、もしくは改善に非常に時間がかかる発電所は、どんどん危険になります。保安規定の解釈をリスクベースで行う必要があります。Made-in-Japanの、リスクを考えない、文書の解釈規制は直ちに改善すべきです。
不適合管理や是正措置という仕組みは、本来、規制側にもあるべきものなのです。規制も人間ですから間違えます。ところが規制の無謬性をあまりに強く追及するために、間違いを是正できない状況に陥っています。発電所のリスクを低減する「改善を促す規制」に改善していただきたいと強く思います。
| 重要なのはリスクベースの規制を行うこと |
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