原子力なんでもQ&A(46) 

岡本孝司

エネルギーレビュー 2016年6月号56ページより転載

凍土壁のリスクとは


Q:凍土壁が減らそうとしているリスク

福島第一原子力発電所で凍土壁が認可され、3月末から稼働がスタートしました。壊れた1〜4号機の周りの地面を一周にわたって凍らせて、原子炉建屋に地下水の流入を防ぐための仕組です。その目的は、今は全く制御できていなかった地下水を制御するためのものです。地下水の流入を防ぐのは、制御するための手段に過ぎません。あくまでも目的は「制御」です。

地下水は地面の下を流れている(ほとんど滞留している)ので、その動きを知ることは簡単ではありません。地面深くに作られた構造物は、地下水の海の上に浮いているといっても良い状況にあります。福島第一原子力発電所では事故によって、地下水の制御ができなくなりました。このため、大量の地下水が建物の中に流れ込んでいる状況にあり、さらに制御が困難になっています。また、廃止措置が困難となっている一つの原因にもなっています。

福島第一原子力発電所の地下水は、事故後にしっかり調査され、かなりのことがわかってきました。発電所構内の、ある範囲に降った雨水が地下水の元です。これを制御するため、雨水がこれ以上地下に浸透しないように、地表をコンクリートで覆うとともに、地下水バイパスで、上流の汚れていない地下水を海に捨てていますが、まだ大量の地下水が存在しています。

凍土壁は、この地下水をせき止めて、原子炉建屋に入りにくくするとともに、地下水を制御できるようにしようとするための大規模構造物です。制御ができれば、水位を上げたり下げたりも自由にできるようになります。例えば、地下の浅い建物である1号機のタービン建屋のように、原子炉建屋から切り離して、廃止措置をやりやすくすることなどもできます。

ところが、原子力規制庁は、なぜか海側の凍土壁だけを許可し、山側の凍土壁は許可しませんでした。地下水の流出は止められますが、流入は止められないという不可思議な決断です。これでは、制御にはほど遠い状況です。なぜなのでしょうか?

Q:風評被害と物理被害

風評被害は、物理的には全く問題ないのに、「怖い」という恐怖心をあおることで、人々の意思決定を間違えた方向に導くことで被害を与えるものです。その構造は、いわゆるオレオレ詐欺と似ています。実際には一切問題は起きていないのに、子供が危ない目にあっているという恐怖心をあおることで、貯金を振り込ませるという間違った意思決定をさせることで、老人に被害を与えます。

オレオレ詐欺では、だまそうという意図をもって恐怖心をあおっています。風評被害では、新聞などが、何らかの意図をもって恐怖心をあおっているという点では同じかもしれません。しかし、オレオレ詐欺は犯罪ですが、風評被害は犯罪ではありません。3月に朝日新聞が川内原子力発電所周辺のモニタリングポストに関する誤報をやりました。原子力規制委員会が、この誤報は犯罪的であると言っているのは、ある意味、正しいかもしれません。

なお、風評被害の被害者は、福島の地元の方々だけではなく、国民全体です。国民が、被害者にも加害者にもなっているという点が、オレオレ詐欺と違う点です。小さく薄めることで影響が直接見えなくなるので、自分が風評被害の加害者であるという認識を持っている国民はほとんどいないでしょう。 風評被害をなくすにはどうすればよいでしょうか?

 オレオレ詐欺では、詐欺集団を取り締まることによってしか対策ができませんが、なかなかなくなりません。風評被害では、情報発信者を取り締まることはできませんので、もっとなくすことは難しいと思います。

ちなみに、福島第一原子力発電所から、万一、微量のダストや汚染水が漏れたとしても、放射線による物理被害を受ける人はいません。十分に管理されており、巨大台風や巨大津波が襲っても、国民が被害を受けることはありません。しかし、ほんのわずか漏れても、皆さん怖いですね。この怖いという恐怖感から、国民の皆さんが、風評被害を作り出します。物理的には全く影響がありません。新聞は売り上げを伸ばすために、恐怖感を増大して示すことで、さらに風評被害が増大してきます。世界中に日本が汚染されているイメージを増大し、国民が結果として被害を受けます。

風評被害を起こさないために、万一にも微量のダストや汚染水の漏えいをなくさねばなりません。ただし、見えないところで大量の汚染水が漏れていても、全く新聞には関係ありません。つまり、見える形でないと恐怖心を示せないためです。今、福島第一原子力発電所の物理的リスクは十分に制御されています。しかし、風評被害リスクを制御することは非常に困難です。

さて、凍土壁の話に戻ります。凍土壁は、地下水を制御するために実施しています。制御することによって、増加する汚染水の量を減らすことにも繋がります。また、廃止措置に向けた、原子炉建屋やタービン建屋内の除染・解体工事や作業環境改善にも繋がっていきます。地下水が制御されることによって、廃止措置作業ができるようになるのです。

Q:山側の凍土壁先送りの理由は

 先にも述べたように、今回、凍土壁の海側の遮水が規制庁によって認められましたが、山側の遮水は認められませんでした。遮水性能が良すぎると、地下水が減りすぎて制御できなくなることを危惧したためです。このため、凍土壁の全面的な運用開始を1年間以上先送りにしました。わずかなリスクを怖がり、凍結作業を先送りにすることによって、廃止措置作業が1年以上先送りになったことを意味しています。

 万一、地下水が減りすぎても、物理的なリスクは全くありません。規制庁は汚染水水位が地下水水位より高くなると、汚染水が周りの地面を汚染するのではないかと恐れているようです。この地面の汚染によって、国民には健康被害は全くありません。また、水位逆転がしないように、様々な対策も取られています。

 さらに、汚染水は事故直後に大量に周りの地面を汚染していますので、いまさらわずかな水位逆転など物理的には全く問題ありません。ということで、何を恐れているかと言うと、風評被害しかありません。風評被害を恐れて、1年の先送りをしたことになります。

 なお、原子力規制委員長は、汚染水の問題は凍土壁では解決できない、トリチウムを含んだ水を十分に薄めて海洋放出すればそれが大きなリスク低減につながるとおっしゃられています。これは物理的には正しいです。世界中でトリチウムを含んだ水は法令限度以下に薄められて、海洋に放出されています。福島第一原子力発電所だけが特別ではありませんので、世界の原子力発電所と同様に放出することに全く問題はありませんし、そうするべきです。しかし、風評被害は起きないでしょうか?

お気づきになりましたか? 凍土壁運用とトリチウム水放出は、物理的には全く問題ないのに、風評被害で先送りをしている全く同じ構図です。規制委員長によれば、凍土壁は物理的リスクはほとんどないのに、風評被害を恐れて先送りを決断し、トリチウム水放出は物理的リスクはほとんどないので、風評被害は無視して早く放出せよ、と言っていることになります。不思議ですね。

トリチウム水放出はタンクに貯めておくことで、あと数年は先送り可能です。先送りによる物理的なリスクは大きくありません。一方で、凍土壁運用開始は、廃止措置の工程が遅れるという、物理的に大きなリスクを生みます。地下水制御ができないと廃止措置が先に進みません。

規制委員会は、思いついた目の前のリスクに執着するあまり、全体を見たリスクコントロールができていません。わずかなリスクこだわり、全体のリスクを増大するということを今までも数多くやってきています。その一つの例です。ただ、福島第一原子力発電所では、先送りは大きなリスク増大です。先送りの出来るものと出来ないものがあります。総合的にリスクを見ることが出来ないと、非常に危険です。困ったものですね。

山側対策の先送りは大きなリスク増に

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