原子力なんでもQ&A(48) 

岡本孝司

エネルギーレビュー 2016年8月号56ページより転載

原子力発電所の 検査が変わるそうですね


 今年1月に、国際原子力機関(IAEA)が日本の原子力規制について、評価を行いました。その結果、ほぼ赤点のひどい評価を受けました。社交辞令としての、それなりに頑張っているという良い部分だけを取出して新聞などでも伝えられているので、国民の皆様は知らないかもしれません。原子力安全を専門に研究している研究者の中には、あまりのひどい評価に、自分のことのように憤慨されている方も多くいらっしゃいました。原子力規制委員長は、原子力安全の専門家ではないので、社交辞令だけを聞いて満足していたようですが、委員の一部の方は、さすがにまずいと認識されたようで、3月から大幅な改善を進めようとしています。

評価直後のサマリーでは、?規制庁は、原子力安全や放射線安全に関する職員の能力を強化すべきである。?原子力・放射線関連施設へのより効果的な査察を実施するために法整備を進めるべきである。?規制庁や事業者は安全文化の醸成を強化すべきである。という3点のまとめが提示されていました。分かりやすくいうと、「規制委員会は、安全文化を醸成するとともに、しっかりと能力を高めて、ちゃんと査察しろ」ということです。世界で最も厳しいと豪語していたのに、世界で最もダメな規制だったことが明らかになったということでしょうか。このような赤点状態を脱するために、まずは「検査」をちゃんと行おう、ということで、その対応を検討し始めたということです。本Q&Aでは4年以上前から、ずっと同じことを提言し続けていたのですが、外圧でも何でもよいので、少しでも前に進もうとしていることは良いことです。

Q:検査とは何ですか

原子力発電所だけではなく、飛行機やコンビナートや車に至るまで、我々の身の回りにある様々なシステムは、安全を大前提として人類に利益を提供しています。安全を確保するためには、危険な状態にならないようにすることや、万一危険になっても生命を守ることなどの対策がとられています。これらの対策が十分安全であるかどうかを確認するために検査が行われます。

車の車検を2年に一回必ず受けなければいけないことは、車を運転する人には常識ですね。コンビナートなどの高圧ガスを扱うプラントも、対象によりますが、毎年検査をしたり、3年に一回検査をしたりしています。検査を行うのは、基本的には事業者の責任なのですが、きちんと安全が確保されていることを確認するために、自治体や政府が確認を行います。直接自治体や政府が検査をしない場合は、検査を行うことの出来る検査業者を、自治体や政府が認証しています。例えば、車検工場は認証されているので、車検証が発行されるのです。一方、高圧ガスなどでは、都道府県の担当部署が直接チェックをするものもあります。これらの検査方法も、長い年月とともに、少しずつ変遷してきています。車検も昔は毎年でしたが、2年に一回になり、新車は3年間検査不要になりました。

原子力発電所も、事業者はきちんと安全が確保されていることを、責任をもって検査を行います。原子力規制委員会は、定期的に、検査がきちんと行われていることを確認するとともに、重要な部分は直接検査することが法律で定められています。世界の常識では、原子力安全の高い能力を持った検査官が、リスクを念頭に検査を行っています。しかし、日本の現場をIAEAが調査をして、法律によっていることを書面で見ることしかできない検査を見て、世界の常識とかけ離れていることに苦言を呈したわけです。

Q:より良い規制とは何でしょうか?

 まず、事業者と規制者の間に信頼関係があることが必要です。事業者も規制者も、原子力発電所を安全にすることが目的です。そのためには、泥棒と警察のような、悪事を見つける関係ではなく、野球チームの選手と監督のような信頼関係に基づいて検査をする必要があります。選手が監督を信頼していないチームは勝てません。監督が選手を信頼していないチームも勝てません。勝利と言う同じ目標に向かって、選手と監督が信頼しながら練習を継続することでのみ優勝も可能です。選手と監督の間には、毅然とした関係もあります。決してなぁなぁな関係では勝てません。選手がプレーヤーであり、監督はいくら頑張っても、ホームランは打てないのです。いかに、選手にホームランを打たせるかを考えるのが監督です。原子力発電所事業者と規制者も、選手と監督のような感じです。原子力安全という同じ目標に向かって、信頼しながら努力を継続していくことが必須です。

今回、規制委員会が法改正も視野に入れた検査の改善を行おうとしています。その手本としようとしているのは米国です。米国も、TMI事故の後、今の日本のように事業者の活動の全てを検査するようになりました。事業者への信頼が失われたといっても良いでしょう。事業者は、これでは発電所が危なくなると、強い危機感を持ち、定量的にリスクを評価する物差しを用いて、発電所の総合的なリスクを低減することを目標にすることを提案しました。NRC(米国原子力規制委員会)も、事業者と真摯に議論を重ね、目標を明確化しました。規制と事業者の活動の第一の目的が原子炉安全にあることを確認し、定量的なリスクを低減することを目標としたのです。定量的リスク評価手法(Probabilistic Risk Assessment, PRA)を確立し、その手法の改善を続けながら、発電所のリスク低減を進めてきました。発電所は独自にPRAをツールとして使います。重要なことは、NRCも、独自にPRAを開発して改善を続けていることです。

監督と選手が目標とするのはPRAをツールとして使って、発電所のリスクを下げることです。PRAはオールマイティではありませんが、非常に参考になります。それぞれ、独自のツールを使い、選手はリスクを下げようと努力し、監督は選手のやり方をチェックして、よりリスクの下がる方向へのサジェッションをするのです。同じPRAでは、同じ間違いをする可能性もあるので、別のツールを使うのです。お互いが信頼しているため、相互に議論して、より安全な方向に改善が続けられます。

 なお、PRAだけでは不十分です。必要な発電所の活動を入力として得る必要があります。このため、事業者は発電所で起きる全てのことを、デジタルデータベース化しました。ちょっとしたミスや、原子力安全には全く関係のないトラブルまで含めて、全ての情報をデジタル化したのです。これは、CAP(Corrective Action Process: 是正措置)と呼ばれますが、発電所の従業員の全ての人が、センサーとなって、あれ、ちょっとおかしいな?と思ったようなことを何でもデジタル化するようにしました。自分の専門と関係ないことでも何でも、トラブルにつながりかねないことは全てデータベース化します。このCAP情報は、発電所の専門部署で分析し、必要があれば対応をしていきます。ある意味、発電所の毎日の現況データベースのような感じです。このデータベースを見れば、発電所の今の状況が良く分かります。単にハードウエアだけではなく、従業員やマネージャーの皆さんがどのように仕事をしているのかが分かります。

 事業者は、CAPデータベースを用いて現場の状況を整理し、PRAをツールとして用いてリスク低減の方向を検討し活動することができるようになりました。一方、NRCは、訓練された専門の検査官を発電所に常駐させています。検査官は、事業者のCAPデータベースを見て、現場の状況を把握し、独自のPRAツールを用いて、事業者の活動を監視します。現場の検査官では分からないような高度な技術については、NRCの専門スタッフが待ち構えていて、現場の検査官の相談に24時間対応します。また、発電所内はフリーアクセスと言われるように、自由にどこにでも行くことができます。

NRCの現地検査官は、事業者との強い信頼の元に、PRA, CAP, フリーアクセスなどを総合的に組み合わせて、毎日の発電所の安全を、しっかり査察しているのです。日本も是非見習うことが重要と思います。

信頼関係に基づいて安全を確認する

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